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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4057号 決定 1957年2月07日

申請人 徳野利夫 外一名

被申請人 株式会社服部時計店

主文

被申請人が昭和二十九年八月九日申請人らに対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

主文第一項同旨の裁判を求める。

第二、申請人徳野利夫は昭和二十七年四月二日、申請人坂本公は昭和二十八年四月二日いずれも被申請人会社(以下会社ともいう)に技能習得者(養成工)として採用された従業員であつたこと、被申請人会社は昭和二十九年八月九日申請人らに対し(イ)教習に不熱心である(ロ)技倆熟練の見込みがない(ハ)陰険煽動的である、との理由によつて精工舎技能者養成所規定第二十八条、(就業規則第七十八条)に基き三十日分の平均賃金を提供して解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

そして疏明によれば、会社は将来工場(精工舎)の中堅技能者となるべき人格、技能、体力共に優秀な従業員を養成する目的を以つて昭和二十七年四月一日以降基準法第七十条以下に基く技能者養成所を精工舎内に設置して毎年十五名位の新制中学校卒業生を厳選採用し学科実習の両面に亘り一定の指導計劃に従い三ケ年の期間をもつて学校教育に準ずる特別の系統的組織的教育を実施するものであつて、その教習年次は四月一日に始まり翌年三月三十一日に終了するのであるが、年間教習時間は休日休暇を除き概ね二二六八時間を目標とし、学科教習時間を約五七七時間実技時間を一六九一時間と定め週間別予定表によつて年次別及び期別(三期)に計画的に運営していること、そして実技は各人の修得せんとする技能の種別に従い一般従業員と同一の職場において行われ、その労働に対して一定の給与が支給されているが、右労働は前記予定表に基く技能修得の教習課程としてなされるものであるので、実技指導員の指導の下に実施されていること、従つて養成工は身分において会社の従業員であつて就業規則の適用を受けると共に、その使用関係は教育を主たる目的として運営され、精工舎技能者養成所規定の適用を受けるものであるので、右規則と規定に違反するときは、その定めるところに従つて養成契約を解除され従業員たる地位を失う(解雇)わけであるが、従業員の責に帰すべき事由により解雇する場合については就業規則第七十八条第3号には怠惰にして職場の迷惑になるもの、同条第4号にはその他前各号に準ずる程度の事由と規定されおり、また右養成所規定第二十八条には、養成工が規程(昭二二、一〇、三一、労働省令第六号技能者養成規程)第九条(同条第二号法、この命令、規則又は養成契約の定にしばしば違反した場合、同条第三号素質順応又は能力が不充分で成業の見込がない場合)に該当する場合には、養成契約を解除し退所させる旨の規定のあることが認められる。

ところで右就業規則第七十八条の規定が基準法第二十条第一項本文の解雇権を制限したものであるかどうかについては右規定の文言とその他の規定の趣旨とを参酌して決すべきであるが、右規則が第十章に第三十九条から第六十二条まで制裁として労働者の非難すべき行動を列挙し、譴責から制裁解雇までの四段階に分け情状により不利益処分に差等を設けている趣旨が明瞭に看取されるので、このことと解雇が労働者にとつて最も重い不利益処分であることを考え合すときは、就業規則第七十八条が制裁解雇の章の外に規定されていてもその解雇事由が労働者の責に帰すべき事由によるものである限り制裁解雇に外ならないわけであるから、その事由は軽微又は情状軽いものを含まない場合に限定したものと解するのが相当である。

もつとも規則第六十二条に規定するところの制裁解雇は基準法第二十条第一項但書の規定に対応するものであつて、予告又は予告手当の提供のなされない解雇と解されるのに反し、規則第七十八条は基準法第二十条第一項本文の予告又は予告手当の提供をしてなされる解雇に対応するものであつて、元来解雇事由を必要としない解雇権行使の態様を規定したものと解されるから、規則第七十八条の規定する事由は規則第六十二条に規定する事由に比較し同程度又はこれより軽い場合を掲げたものと推察するに難くない。しかしながら基準法第二十条第一項本文の規定により予告又は予告手当の提供をしてなす解雇と雖も権利乱用にならない程度の解雇理由を必要とするものと解すべきであるから、たとい規則第七十八条が予告又は予告手当の提供をしてなされるためにその限度において規則第六十二条の規定する解雇事由より軽微のものを規定する意図が認め得られても、規則第七十八条が第三号に怠惰にして職場の迷惑になるもの及び第四号にその他前各号に準ずる程度の事由を明定した趣旨は、少くとも解雇権の乱用にならない程度の解雇事由に限定したものというべきであり、(仮にそうでなく乱用になる程度のものをも含むとしても基準法第二十条民法第一条の規定により無効)これと本件における養成契約締結の趣旨に鑑み、解雇事由は養成工の責に帰すべき事由により養成契約の目的達成を著しく困難ならしめた場合を指称したのに外ならないから、これに該当しない解雇は強行法規である規則第七十八条に違反し無効といわざるを得ない。なお前記養成所規定第二十八条が解除権行使について一定事由を掲げているが、その事由の限度についても前記と同程度またはそれ以上の重大なものを要件とするものであることは多くいうをまたない。

第三、よつて右の観点に基いて被申請人会社主張の解雇理由を判断する。

被申請人会社は、申請人両名を解雇処分に付したのは、両名とも、思想的政治的実践活動をしてはならないという養成所の方針に反し、そのため学業に専念せず、しかも就業規則に違反し、上司の命令に従わない行為があつて、養成契約の目的を達成することが著しく困難となつたからであつて就業規則第七十八条第四号、第三号並びに養成所規定第二十八条に該当すると主張する。

一、申請人らの教習成績並びに教習態度について

1  申請人徳野について。

(一) 学科成績が著しく悪いということの疏明はない。

(二) 疏明によれば、実技成績は実技成績原簿に養成工第一期生十五名中、一年次一学期に九番、同二学期に十三番、同三学期に四番、二年次一学期に一番、同二学期に十番、同三学期に十三番、解雇直前の三年次一学期に最下位の十五番と評価され、同じ職場にいた同期の佐々木と比較しても、三年次一学期から解雇に至るまで実技成績は漸次低下していつたことが認められる。しかしながら、更に疏明によれば実技成績不良の故に解雇の措置がとられたものでないことが認められるので、この事実によれば、会社は成績不良のみを理由として解雇する意思を有しなかつたものというべきである。のみならず元来実技成績不良は養成契約の目的を達するに障害となることは勿論であるけれども前記のように学期によつて成績の良、不良の変動のある場合には不良となるに至つた原因を度外視して不良の一事をもつて直に養成契約の目的を達成し得ないものと判定し得ないわけであるから、実技成績不良の故に当然には養成契約の目的達成を著しく困難ならしめるものということはできない。

(三) 疏明によれば、会社の就業時間は午前八時からとなつていて、それまでに入門すれば出勤簿上は遅刻の取り扱いを受けないことになつているが、職場慣行としては従業員は午前八時十分前頃迄に入門し、更衣室で着替え、八時からの始業に備えているところ、同申請人は右のように時間的の余裕をおかず八時ぎりぎりに出勤するので、作業現場に現われるのが八時数分位となることが多く指導員からもつと早く出勤するよう数次に亘り注意を受けたことを認めることができる。

しかしながら二年次以降八時までに入門しないため出勤簿上遅刻したことを認むべき疏明はない。

(四) 作業態度は疏明によれば作業中落ち着きがなく、あくび口笛放歌等をすることがあつて、不謹慎であつたため、指導員小宮から指導監督上一番奥の方から同人の背後に作業場所を変えられたことのあることが認められるけれども右の態度をもつて教習に不熱心であつて、技能熟練の見込なしと断定するに足りない。

(五) 作業時間中、理由なく数分乃至数十分又は半日位席を離れることが少くないとの点については、疏明によれば作業中、数分位雑談などのため席を離れたことのあることは認められるけれども更に疏明によればそのようなことは同申請人のみではなかつたことが認められる。そして数十分乃至半日近く上司の許可なく席を離れたとの点についてはこれを認むべき疏明はない。従つて離席の点に関する会社の主張は理由がない。

(六) 服装は疏明によれば他の同僚に比べて汚れが甚しく、また綻びていることもぼたんをかけないこともあり足袋も汚れて穴があいたりしていたことが認められるので、安全管理上支障があり、精神の遅緩に原因するものであつて、作業態度不充分といわれてもやむを得ないであろうけれども、右事実は解雇理由として採り上げる程の非行ではない。

(七) 昭和二十九年六月頃、作業時間中、「めざまし」なるビラ一部を職場内で旋盤工市原に手渡したことが疏明によつて認められる(その外に勤務時間中ビラを配布したことを認めるに足る疏明はない)、けれども、右配布行為が著しく職場秩序を乱したということはできない。

(八) 学科教習態度について

疏明によれば三年次一学期に机の前に鞄を立てて、通学中の夜間高等学校の試験勉強をしていて講師から注意を受けたことがあるが、同申請人以外に、授業中他の本を読んでいて講師から本を取り上げられた者も二、三名あることが認められるので、同申請人のみ特に著しく悪かつたとは認められない。なお、疏明によれば昭和二十七年一年次一学期当時英語の試験の時間の開始に当り監督講師が教室に入つていつた際、同申請人が上半身裸体となり机の上で大声を出していて右講師から注意を受けたことが認められるけれども二年次二学期以降同申請人の教習態度が悪化したことを認むべき疏明はない。

(九) 被申請人会社は、同申請人は工具類の保管が悪く紛失することも多かつたので、わざわざ工具類には名前を付けさせ又特に工具箱に施錠させることにしたと主張するけれども、保管が悪く紛失することが多かつたとの点の疏明は十分でない。

そして以上認定できる諸般の事実を総合してみても、同申請人が教習に著しく不熱心であつて技能熟練の見込なしと断定するに足りないものというべく従つて会社が解雇事由として主張するところは右の点に関する限り就業規則第七十八条に該当するものとして解雇を有効と判断することは困難である。

2  申請人坂本について。

疏明によれば次の事実が認められる。

(一) 一年次一学期に万力二個の口先を欠くなどしてこわし、又カッターの刃をかいたことがあるが、悪意又は重過失の認められない以上教習に不熱心というに足りない。

(二) 実技において不良品を出すこともときどきあつた。しかし養成工の初期における製品に不合格を多く出すことはやむを得ないものというべきであり三年次になつても不良品を絶無とすることは困難であつて、同申請人が特に不熱心で成績不良であつた事を認むべき疏明はない。

(三) 実技成績については、一年次には十四名中学年平均学科実技綜合順位は五位で、実技順位十一位学科順位二位であり、そのうち実技順位は一学期には十四位であつたが三学期には五位となつており、解雇直前の二年次一学期の実技成績も特に悪いことを認める何らの疏明もない。元来同申請人は多少不器用であつたことが認められるけれども、それにも拘らず前記のように十四位から五位に進出したのは同人の努力に負うところ大なるものがあると推認される。

(四) 作業態度については二年次に、基本実習に来ていた一年次生と雑談して熱心でなかつたとか、注意を与えてもはつきりしない、という程度の漠然とした疏明があるに過ぎず、被申請人会社主張のように「講師指導員の注意訓戒に対し黙殺冷笑するかの如き反抗的態度」をとつていたことは認められない。却つて成績表記載の操行点は一年次三学期、及び一年次学年平均は、ともに良上であり、当時同期に優をとつたものはなかつた。

(五) なお被申請人会社は坂本が就業時間中舎内において職場宣伝紙「めざまし」なるビラを配布したと主張するけれどもこれを認めるに足る疏明はない。

以上の事実が認められる。のみならず、申請人坂本の実技成績及び作業態度が不良というほどのものでなかつたことは被申請人会社も認めるところである。

よつて、以上認定の事実によれば教習に不熱心で養成工としての成業の見込みないと判断することは到底できない。

二、申請人両名のいわゆる思想的政治的実践活動と解雇にいたる経緯

疏明によれば次の事実が認められる。

1  被申請人会社の方針。

被申請人会社は養成工に対しては、一般従業員に対すると異り、将来の会社の中堅技能工を養成するために学科実技両方に亘つて長期の教習をするという特質に鑑み、養成期間中は養成工として養成所から受ける学科並びに実技の勉強に専念すべきであつて、思想及び政治問題の研究は差し支えないけれども実践活動は就業時間中は勿論私生活においても慎むべきものであるという方針を立て、その旨養成工に対して周知徹底させていた。

2  「若き戦士」「めざまし」の印刷物の編集及び配布について。

しかるに申請人らは、入社後思想及び政治問題に興味を持つようになり、やがて申請人徳野は、会社の前記方針に反し、昭和二十九年五、六月頃から日本民主青年団の機関紙と目される「若き戦士」なる印刷物を会社構内において昼休み等に、他の養成工に配布し、又同年六月頃から、職場宣伝紙「めざまし」なるビラの編集に情報を提供するなどして関与し、かつこれを会社構内において数次に亘り養成工や一般従業員に主として昼休みや学科終了後に配布した。会社は、申請人徳野に対し、文書配布等の思想的政治的活動は行わないよう数次に亘り注意したけれども、同人は右活動を止めるに至らなかつた。そして右「めざまし」の記事中には被申請人会社主張のような(一)「松浦主任にたてつくと給料が上らないので主任が来ると班長は逃げ廻つている」(めざまし第一号)、(二)「こんな簡単に首を切られてよいのか」「首切りは本当です」(同第一、二号)、(三)「近頃めつきりうるさくなつた」(同第二号)、(四)「団結して一時金全額かちとる」(同第三号)、(五)「強情な班長も団結の力はこわい」(同第三号)等の記事が掲載されていた。

なお被申請人会社は申請人坂本も「若き戦士」或は「めざまし」の作製配布に関与したと主張するけれどもこれを認めるに足る疏明はない。

3  いわゆる「うたう会」「東部のうたごえ」について。

(一) 申請人らは、昭和二十九年六月頃、同僚数名と共に、会社公認の精工舎文化サークル所属の合唱班とは別個に気やすく明るい楽しい歌を皆で歌おう、との呼びかけで「うたう会」なる集りを持つことを図り、前記合唱班の合唱部長坂田の賛成を得て、主として同合唱部長ら合唱班員数名の指導を得て毎週二回昼休み二十分位食堂内で養成工十名、一般従業員(女子が多数)十名計二十名前後の者が集つて、主として各国の民謡等を合唱していた。そして申請人らは右「うたう会」において積極的にこれを推進し、申請人徳野は自らタクトをとつたこともあり、申請人坂本も他の同僚と共に「うたう会」参加勧誘のビラを昼休み等に、他の養成工に配布したりしてこれが参加勧誘をしたりした。

同年七月に入つて申請人らは、前記文化サークル合唱班へ東部コーラス協議会から同会主催の原水爆禁止東京平和大文化祭参加と銘打つ昭和二十九年八月一日(日曜日)浅草公会堂で開催予定の「東部のうたごえ」という会合への参加招請のあつたことを知り「うたう会」としてもこれに参加することに決め、爾後「うたう会」は右「東部のうたごえ」参加を目標に引き続き練習を続けたが、申請人らは「うたう会」に参加している根岸ら同僚の養成工数名と共に右コーラス協議会からもらつた「東部のうたごえ」参加勧誘のビラを昼休みや学科又は作業終了後に他の養成工に配布するなどして積極的に「東部のうたごえ」参加勧誘をした。

(二) 会社は、右会合は各職域のいわゆる「うたごえ」の集りで、青年共産同盟の後身と目される日本民主青年団によつて指導される中央合唱団の系統に属し共産主義的団体に指導されているものと判断し、このような外部団体の主催する共産主義的政治的運動に養成工が参加するのは前記養成所の方針にも反し、甚だ好ましくないとしてこれを厳禁すべく、かねて「うたう会」に参加していたため会社が注目していた養成工のうち首謀者と目されていたものには岩井副所長を通じて、その他の数名には昌木教務主任を通じて右会合への参加中止方を要請したが、申請人坂本は同年七月三十日、申請人徳野は同月三十一日いずれも右岩井から、「東部のうたごえ」は共産主義的な政治的色彩の濃い外部団体の運動であり、これに出ないよう出たら厳重に処分する旨を申し渡されたにも拘らず、翌八月一日(日曜日)、申請人らは共にこれに出席した。もつとも申請人徳野は前記岩井の申し渡しを考慮して出演を断念したが申請人坂本は被申請人会社の養成工としての資格でではなく、高等学校有志という資格でこれに出演した。

4  会社の解雇決定に至る経緯。

被申請人会社は右申請人らの参加の事実を知るや養成所の方針に基き出席を厳禁しその命令に反するときは厳重に処分する旨の前記申渡に違反したことを重視し、申請人らの処分について協議するために右会合のあつた翌々日にあたる同年八月三日副所長岩井は教務学科実技の各主任庶務課長、敬備係勤労係調査係各主任を招集し、更に同年八月五日これに申請人らの各現場主任を加えて前後二回に亘り協議した結果、思想的政治的実践活動を全面的に禁止する会社の前記方針と命令違反ビラの配布及び共産党の機関の指導下にあると目される「うたう会」をその性格を熟知しながら敢て積極的に推進したこと、並びに申請人らの右行動と左翼的思想が集団的教習過程にある若年の養成工に与える影響の重大性等を主たる理由として前記平素上司の命令に対する不服従と教習不熱心成績不良をも併せ勘案し養成工の適格なく、成業の見込なしと判断して解雇処分に決定した。

以上の事実が認められる。

5  ところで被申請人会社は養成所は学校教育に準ずる特別の系統的組織的教育を行うところであり、かかる教育施設においてその目的を達成するために一定の方針を定め生徒にその遵守を求めることはその方針自体が社会通念上著しく妥当を欠くと認められる場合を除き当然許されるところであり本件の場合はその教育目的、被教育者の年令等からみて前記方針をとることは適当な配慮であるから申請人両名の前記所為は養成所の教育方針に反し、不当であつて、養成工の適格性を欠くものであると主張する。

なる程養成工は養成契約の趣旨に従い将来の会社の中幹技能工たるべく養成される者であるから、所定期間内に所定の技能及びこれに必要な関連学科等の習得及び将来の中幹技能工たるべき者にふさわしい服務態度を要請されるわけであり、その目的達成のために定められた会社の方針はもとより、これに添う指導員その他の上司の命令を遵守すべきは勿論である。従つてその指示命令に違反するときは養成工の適格性を否定されてもやむを得ないであろう。

しかしながら本件において会社の主張するところは申請人らが思想的政治的活動に従事せず養成工としての教習に専念すべき旨の方針、命令に違反したというのであるが、思想的政治的実践活動をしないということは養成契約の目的である技能学科の習得を達成するのに障害となる限りにおいて妥当の方針といい得るのであつて、右目的と関係なく個人の私的生活に干渉するために行動の自由を制限しその違反の故に不利益処分をなすことは養成契約上の権限を逸脱するものであり就業規則適用の範囲外にあるものといわざるを得ない。

してみれば会社が申請人らの行動を把えて就業規則を適用せんとするためには申請人らに怠惰等教習に対する不熱心又は会社に対する名誉信用を失墜させ又は職場の秩序を乱すような従業員としてふさわしくない違法不当の行為があることを必要とするわけであるから、怠惰成績不良等との関連性を切り離し、単に思想的政治的実践活動を把えて会社の方針に反するの故に就業規則を適用し不利益処分を示すことは許されないものといわなければならない。

次に会社は申請人徳野は「若き戦士」「めざまし」の配布をなし虚偽の事実を宣伝して職制に対する反抗を煽動し、職場の不平不満を醸成せんとしたもので就業規則第十三条第十七条に違反すると主張する。

疏明によれば右配布文書は職場の不満又は職制に対する非難を表現したものであつて、措辞やや妥当を欠く嫌なしとしない。

しかしながら職場の不満又は職制に対する批判は特に会社の名誉信用を失墜させるため又は個人的攻撃のためなど著しく不当の目的に出ない限り職場環境の改善労働者の経済的地位の向上を意図したものと推定すべきである。

そして右のような著しく不当の目的をもつてなされたとの疏明のない本件においては右の配布をもつて職場秩序の紊乱というに足りない。

この理は申請人らの身分が養成工であることの故にその結論を左右するものではない。

なお前記のとおり徳野は就業時間中一回一枚の文書を配布したけれども右行為は就業規則第十七条違反として解雇理由となすに足りない。

又申請人坂本の「うたう会」参加勧誘のビラ配布及び申請人両名の「東部のうたごえ」参加勧誘ビラの配布行為は会社構内で行われたものも昼休み又は学科終了後の時間を利用してなされたものが大部分であり、右行為は末だ就業規則第十三条所定の職場秩序を乱したとは認められない。

更に申請人両名の「うたう会」参加については「うたう会」は無届で会社施設を使用したものであるから、一応就業規則第十九条に違反するといえるが、使用届出の有無のような手続的なことは会社として重視していないことは被申請人会社の自認するところであり、「うたう会」は前記のように昼休みに行われたものであつて、これが職場秩序を著しく乱したことはこれを認めるに足る疏明はないから、右を理由とする解雇も失当といわなければならない。

会社は、単に「うたう会」に参加した事実のみをもつて解雇理由としたものでなく、申請人両名が右会の思想的政治的性格を熟知しながら敢えてこれを積極的に推進し会社の養成工に対する前記方針に違反していることを重視するものである、と主張するけれども、養成工の故にかかる点について解雇等の不利益処分の際の情状として一般労働者と異別に取り扱う理由はなく、又、仮りに「うたう会」の思想的政治的性格が被申請人会社主張のようなものでありそれを申請人らが熟知していたとしても、左翼的性格のものであることを理由に差別的取り扱いをなすことの許されないことはいうまでもない。

次に申請人両名の「東部のうたごえ」参加は、就業時間外、会社外において、個人乃至は高等学校生徒有志としての資格で出席ないしは出演したものであること前記のとおりであるからかかる純然たる私的生活についての前記指示命令は前述のとおり使用者としての指示命令の権限を逸脱したもので、就業規則の適用外のものであるから被申請人らがこれに服従しなかつたからといつて、就業規則第十三条所定の「……示達する事項を遵守し、職制により定められた上長の指揮に従い職場秩序を保持」する義務に違反したということを得ず、いわんや右不服従をもつて技能習得者としての適格性を欠くということを得ない。

なお、被申請人会社は、申請人らを解雇せずそのまま放置すれば同人らの共産主義的思想の影響が若年の養成工や他の同僚に及び軽視し得ない。と主張するけれども、仮りにかかる事態が生ずる恐れがあり、このことが被申請人会社の一企業としての立場からは好ましくないとしても、それが共産主義的思想そのもの又は正当な労働運動の宣伝にとどまり、具体的に企業の生産に対する不当な非協力、職場規律紊乱又は業務阻害行為を煽動するものであることの疏明のない限り労働者の非難すべき行動というに当らない。

よつて申請人らの思想的政治的実践活動を理由とする解雇も無効であるといわなければならない。

第四、申請人坂本らの解雇承認の主張についての判断。

昭和二十九年八月九日、被申請人坂本の親権者坂本ゐよが解約承諾書に拇印したこと、申請人坂本が、給料残額と予告手当を受領したことは当事者間に争いがないが、疏明によれば、同日申請人会社は前記協議会における申請人らの解雇処分決定にもとずき、申請人坂本の親権者坂本ゐよを会社へ呼び出し鈴木勤労課主任が坂本は学科実技ともに熱意がなく講師指導員に対する反抗心が強く平素の行動が陰険煽動的であるから解雇する旨を通告し、右ゐよの申請人坂本が会社で何か悪いことをしたものかと思い、その具体的事実を知ろうとしての問に対して、ただそれは本人がよくわかつているでしよう、と答えたのみであつたので、ゐよは何ら解雇理由の具体的事実も知らぬままに、解約承諾書(疏乙第二十二号)に拇印をしたこと、その後、鈴木主任は申請人坂本を呼び出し、右ゐよに告げたと同様の理由を告げて解雇を通告し、なお解雇はゐよも承諾して既に承諾書に押印した旨申し渡したところ、申請人坂本は興奮して、「自分は成績も悪くない、昌木教務主任に会わせてくれ、」「二日ほど解雇問題を延期してくれ」と再度に亘り願い入れたにもかかわらず、鈴木主任は前記ゐよに対する解雇通告と同人の承認の拇印及び申請人坂本に対する右通告によつて既に雇用関係は終了しており、もはや、雇用についての話し合いは一切無用である旨告げたので申請人坂本は解雇を承認する意思なくして、右給料残額と予告手当を受領した事実が認められる。

右事実によれば申請人坂本及び親権者ゐよは解雇を承認したものということはできないからこれを前提とする被申請人の主張は失当である。なお無効の解雇を承認しても無効な形成権の行使が有効となる法理は見出し難いところであり一旦承認した解雇についてこれを後日争うことが当然に信義則に違反するとの主張も首肯できない。

第五、

よつて申請人らに対する本件解雇は当事者のその余の主張を判断するまでもなく無効というの外ないが、解雇されたものとして、申請人らが被申請人会社の従業員(技能習得者)たる地位を無視されることによつて著しい損害を蒙ることは推知するに難くない。よつてその地位を保全し右損害を避ける必要があるものというべきであるから、本件仮処分申請を理由ありと認め、申請費用は民事訴訟法第八十九条により被申請人会社の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 好美清光)

【注】 精工舎就業規則(抄)

第六二条 舎員が次の各号の一に該当する場合は制裁解雇に処する。

但し情状により出勤停止又は職分解任に止めることがある。

一、正当な理由なしに無断欠勤十四日以上に及ぶ場合

二、他人に対し暴行強迫を加え又はその業務を妨害した場合

三、出勤常ならず勤務に不熱心な場合

四、業務上、上長の指示命令に従わず、越権専断の行為を為し職場の秩序を紊し、又は紊そうとした場合

五、重要な経歴を偽りその他不正な方法を用いて採用されたことが判明した場合

六、会社の承認なしに在籍のまま他に転職し又は自己の業務を営むに至つた者で甚だしく不都合と認められる場合

七、業務上、重要な秘密を外部に洩したり又は洩そうとした場合

八、業務に関し、不正不当の金品その他を受授した場合

九、数回戒告を受けたにも拘らず尚改俊の見込のない場合

十、刑罰法規に違反し、有罪の確定判決を言い渡され、後の就業に不適当と認められる場合

十一、前条各号に該当しその情が著しく重い場合

十二、その他前各号に準ずる不都合な行為のあつた場合

第七八条 左の各号の一に該当するときは三十日以前に予告するか又は平均賃金三十日分を支給して即時解雇する。

1、精神又は身体障害によつて服務に堪えないと認められたとき

2、事業の縮少又は廃止のやむなきに至つたとき

3、怠惰にして職場の迷惑になるもの

4、その他前各号に準ずる程度の事由又は事業経営上やむを得ない都合のあるとき

【注】 精工舎技能者養成所規定(抄)

第二八条 養成工が規程第九条に該当する場合には養成契約を解除し退所させる(規程第九条第十条、法第二十条)。

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